キャンバスのための家

キャンバスのための家

01白い空間は自由なキャンバスである

四人の家族が住む家を設計した。住宅の中心には白く大きな空間があり、その空間を取り囲むように回廊があるという入れ子状の構成である。この白い空間は、なんらかの機能や意味を持つわけではなく、塗られるのを待ちわびり単なるキャンバスにすぎない。住人たちは、白いキャンバスを自由に塗ることができる。住人たちの絵具は光である。

02カプセル型の集光装置

建物の南側にはカプセル型の集光装置がある。集光装置は太陽光をとりこんで光の方向を整える。銀色のカプセルによって集められた太陽光は、七色のガラス板によって色を付けられ、空間を鮮やかに彩る絵具へと変わる。住人たちは色のついたガラス板をクルクルとまわすことで、白い空間を好きな色で自由に塗ることができる。このガラス板の群れは住人たちのパレットであり、住人は画家のように空間を染めあげてゆくのである。

03湾曲した七色のガラス板

色のついたガラス板は湾曲しているため、その向きによって光を膨らませたり、鋭い線のように細めたりすることができる。キャンバスとしての空間は、多様色彩に染めあげられて、光が散りばめられたゴシック建築のごとく、日々刻々とうつり変わる風景を奏でてゆく。住人たちが自らの意思で光を操作するという体験は、空間を自分ごとにする契機になる。

04塗ることと塗られることの弁証法

キャンバスには額縁が必要であり、この住宅において回廊が額縁である。周囲を囲む回廊には、ギャラリーやテラスという小さな機能が割り振られ、飾り窓や扉といった装飾が施され、キャンバスは都市から切り離される。住人は、額縁を通してキャンバスの外部に出たり、キャンバスの内部に入りこんだりする。額縁を通した往復運動のなかで、住人は空間を塗り、そして今度は空間に塗られる。塗ることと塗られることの弁証法は、日常をより魅力的なものへと導いてゆく。

05キャンバスに追いやられたボリューム

白く大きなキャンバスをつくるというコンセプトによって追いやられた部屋は、ボリュームとして都市に飛び出している。内部の目的によって大きさが決定されたボリュームは、回廊に沿うように配置され、都市に対して無造作に突き出すため、都市のなかに不思議な隙間を生じさせる。その隙間は、住宅内部に大きなキャンバスをつくるという意思によって生じたものであり、突き出そうとして突き出したものではない。だから、建築家の気取りやわざとらしさがない。この自由な隙間が、家と都市をつないでゆく。

06日常が美しく浮かびあがる住宅

空間を塗るという体験がそのまま空間の雰囲気を決定し、多様な空間が現われては消えてゆく。色を塗るという体験の帰結として、日常に溢れている多様な道具たちは、普段と異なる側面をみせはじめる。あなたがいつも使っている白いマグカップは、時間によって様々な色彩に染めあげられるのである。印象派の画家が積みわらを再発見したように、住人たちはまだ気づかぬものを見出してゆくに違いない。日常が美しく浮かびあがる万華鏡のような住宅は、少しだけ世界を変様させるのである。